小説家と映像化(『作家超サバイバル術』より)
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では『作家超サバイバル』本編をどうぞ!
さて、これまでの二回の連載ではシビアな話が多かったので、そろそろ少しは景気の良い話をしなければ作家志望者の皆様の心が折れてしまうかもしれない。
というわけで、連載三回目のテーマは映像化である。私はこれまで『神酒クリニックで乾杯を』の連続ドラマ化、『仮面病棟』の映画化を経験している(他にも現在、多くの企画が進行している)。
映像化は嬉しいか否か。
はっきり言おう。嬉しい。とても嬉しい。
ものすごく嬉しい。
私は小説を書く際、頭の中で映画のように映像が流れ、それを文章に書き落としていくタイプだ。このように、映像で物語を紡ぐタイプの小説家は、映画が好きなことが多い気がする。私も映画が大好きだ。特にサスペンスやSFが好きで、暇があれば映画を見ている。
だからこそ、自分の頭の中にしかなかった映像が実際に撮影され、多くの方に見てもらえるということに、純粋な喜びをおぼえるのだ。
ただ、出版界の闇を思いっきりさらけ出すことこそ、この連載の醍醐味である。映像化に纏わる、皆さんが大好きなドロドロとした話もぜひしていこうと思っている。
あなたが小説家デビューして作品を刊行すると、けっこうな確率でプロデューサーを名乗る人物から、「映像化の企画を挙げてもいいですか?」と声がかかる。本当にけっこうな確率である。この話を聞いた新人作家の中ではすぐに『映像化 → ベストセラー → 印税がっぽがっぽ』というバラ色の未来が浮かび、ほとんどの場合「ぜひお願いします!」と答えるだろう。そして、ひーひー言いながら次回作のプロットを考えつつも、さらなる具体的な連絡を待つのだ。
さて、これから何が起こるのか。残念なことにほとんどの場合、何も起こらないのである。いくら待とうとも、二度とプロデューサーはあなたに連絡を取ってこない。
これはなぜなのか? このようなケースではほとんどの場合、声をかけてくるのは映像制作会社のプロデューサーであり、自ら映像化を決定する立場にないからだ。彼らは「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」とばかりに、TV局や映画配給会社に多くの映像化企画書を提出し、その中なごくわずかな企画だけが実際に映像化される。その確率は、業界では一%程度と言われている。つまり残りの九十九%の企画は人知れず消えていくということになるのだ。こうして、新人作家は儚い希望を胸に、生殺しにされるのである。
そういう事情なので現在、私には制作会社レベルでの企画の話はわざわざ編集者が伝えてはこない。ある程度、テレビ局や映画配給会社が興味を示してきた段階で、ようやく「この企画を進めていいですか」と、具体的な座組とともに提示されることが多くなっている。
ただ、ある程度著作が売れはじめると、TV会社、映画配給会社が直接企画を持ってくるようになる。この場合はかなり高い確率で映像化が実現する。では、ものすごく下世話な話になるが、映像化した場合、原作者の懐にはどれほどの金額が入ってくるのだろうか。(お金の話、大好きでしょ?)
映像化が決まると、作家には原作料が支払われる。ドラマなら一話につき数十万円、映画なら百~三百万円ほどが相場だろうか。その他に、作品がDVD化や配信されたときの印税、テレビで放送されたときに放映料など、こまごまとした料金が支払われる。決して少なくない金額だが、これは映像化によって作家が受ける金銭的恩恵においては、主なものではない。では、映像化によって作家はどうして儲かるのか。
それは、本が売れるからである。
映画や連続ドラマになると、出演者が様々なメディアに出て番組の宣伝をしてくれる。それはすなわち、原作の本の宣伝にもつながる。普通、テレビの地上波でCMを流すには何千万円もの金額が必要だが、それを有名な俳優たちが無料でやってくれるのである。こんなありがたいことはない。それにより、本に何万部、何十万部と重版がかかれば、原作料よりもはるかに多くの印税を得ることができる。これこそが、作家と出版社が望んでいることである。
しかし、映像化したからといって、毎回その理想的なコースに乗るわけではない。その現象が起きるのは、映画化もしくは地上波連ドラ化の場合くらいだ。単発ドラマなどでは、残念ながら本の売り上げはまったく動かないことが多い。
(売り上げが)動かざること山の如く、(話題が消えるのが)疾きこと風の如し、といった具合だ。
また映画化、地上波連ドラ化でも、原作が物凄く売れることもあれば、ほとんど動かないこともある。というわけで、理想的な結果になることは決して多くない。それでも、夢があることは間違いないだろう。
では、映像化に置いて、原作者である作家はどのようにかかわるのだろうか。これに関してはまさに千差万別である。小説と映像は別物だからと、まったく関与しない作家もいれば、毎日のように撮影現場に通い詰める作家もいる。
私はというと、脚本に関してのみかなり強くかかわろうとするタイプだ。
正直、脚本に口を出しても、作家としてはあまりうまみはない。手間がかかるだけで原作料が上がるわけでもないし、『面倒な原作者』とレッテルが貼られ、今後の映像化の話が来にくくなる可能性すらある。
なら、なぜ私が脚本に口出しするのか。そこはひとえに、物語を紡ぐ者としての誇りに他ならない。自分が必死にゼロから創り上げた小説は、まさに子供のようなものだ。映像化というのは、それを嫁入りさせるようなものである。親として出来る限りよい嫁ぎ先を見つけたいと思うのは当然だろう。
ただ、小説は一人で作るものだが、映画やドラマは何十人、場合によっては何百人の人間がかかわる大事業だ。その現場には様々な想いがあり、また私は映像事業については完全に素人なので、あまり口は出したくない。尺や予算の関係、監督、出演者の解釈などで、原作と内容が変わるのは当然だと考えていて、出来る限り尊重しようと思っている。
ただし、ストーリーラインの崩壊だけは見過ごせない。
絶対に見過ごせない。
私はミステリ作家だ。これまで映像化にかかわってみて分かったことだが、どうやらミステリのストーリーを組み立てるというのが特殊技術らしい。
ミステリ小説は逆算して書いていくものだ。まず、ストーリーの核となる魅力的な『謎』を構築するが、その『謎』があばかれるのはクライマックスだ。それまでは、いかにして『謎』への好奇心を高めていくか、そして『謎』を解くために必要な伏線をどれほど複雑に張り巡らせていくかが、ミステリ作家としての腕の見せ所だ。しかし、とても残念なことに、この技術を持っている脚本家の方はごく稀なのである。
クライマックスで劇的に『謎』を解き明かすため、美しく緻密に伏線を敷き詰めていく。それが、なかなかに難しいことらしい。
『仮面病棟』の映画化の際は、残念ながら最後までそこを理解して頂けず、登場人物たちがその場その場で理に合わない行動をとる脚本が続いた。プロデューサーからは「どこを直して欲しいのか教えてください」と言われたが、そもそもストーリーが崩壊しているので、どこを直すという問題ではなかった。なので、最終的に「自分が書いた方が一番早い」と思い、基本的な脚本を私が書き、そこから監督や出演者の望む演出を付け加えて頂く形になったのだった。
あれほど手のかかることは正直、二度とやりたくない。しかし、それでも必要とあらばやってしまうだろう。
なぜなら、私は小説と同じくらい、映画を愛しているから。
やはり自分の作品が映像化されるのは嬉しい。
そこには間違いなく、創作者としての夢が詰まっているのだ。
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